米中貿易摩擦とIPMモータ製造リスク
今月のブログを担当しますT.S.です。お決まりの挨拶で恐縮ですが暑いですね!
北部九州では去年より20日早く統計を取り始めてから最も早い梅雨明けとの報道がありましたが、「梅雨ってあったの?」というのが実感でした。厚労省から6/1付で労働安全衛生規則改正があり、熱中症の重篤化による死亡災害を防止するために、「早期発見・重篤化を防止する体制・手順整備と周知」が事業者に義務付けられました。

そんな酷暑の中、先週末には参院選がありましたが、トランプ関税交渉もまとまらない状況で自民党が惨敗。失った議席が新党含めた野党に分散してしまい政治は更に混迷を深めそうですね。

弊社はアメリカ向け製品の割合が低く、技術者ブログなので政治ネタはパスしたいところですが、スルー出来ないのが、米中貿易摩擦の余波による中国レアアース輸出管理規制で、表題にありますように中国から日本に対しても「ネオジム磁石」等の輸出が滞り、モータ製造に多大な悪影響を及ぼしています。高性能な「ネオジム磁石」は日本発の技術で日本メーカーが圧倒的な強さを誇っていたはずが、2010年の日中摩擦を契機にレアアース資源を握っている中国での生産が始まり、いつの間にか中国メーカーが力をつけ、今や日本や世界のモータメーカーのほとんどがmade in Chinaのネオジム磁石に依存するようになってしまっています。


TACO[Trump Always Chickens Out]理論「トランプは最初は大きく吹っ掛けるが最後はびびって撤回する」という話がありますが、今回の件は正にそのもので125%と言っていた関税を、中国からレアアース規制のカードを切られたとたんに10%に引き下げました。
しかしその余波で日本に向けた輸出もすべて下記の手順を踏んで、事細かに向け先や使用用途を申請した上での許可制という事になり、今までスムーズに入ってきていたものが3か月以上入荷停止、スムーズに動き出したとしても常に2か月のリードタイムが付加される事態になっています。
中国の輸出企業は,貨物ごとに輸出先の企業や用途といったサプラーチェーン全体を中央に申請する必要があり、最終商品が軍事にも使用できる軍民両用品の場合や、最終需要家がアメリカ企業の場合は許可されない可能性が高くなるようです。
手順1.申請書の作成
手順2.データ版申請書をアップロードし申請
手順3. 最終使用者声明書原本を中国委託メーカー、所轄地方商務部へ郵送
手順4.所轄地方商務部にて審査
手順5.中国商務部(北京)で審査(45日)
手順6.輸出許可書発行 ☆問題あれば(再審査)45日がリセットされ最初から
手順7.輸出許可書で、中国税関にて製品の輸出手続き実施(2週間)
日本への輸送 2週間 総合でスムーズに行っても2か月以上
中国商務部は2月4日から、タングステン、テルル、ビスマス、モリブデン、インジウムなどのレアメタル、4月4日から、サマリウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ルテチウム、スカンジウム、イットリウムの7種の中・重希土類レアアース関連品目に対する輸出管理の実施を公告し、即日実施しました。
公告によると国の安全・利益の維持や、核・ミサイルなどの拡散防止などの国際的義務の履行を目的という大義名分を謳ってはいますが、あきらかに西側のハイテク機器の生産に支障がでる品目を選んでいる感が強いですね。
その狙い通り5月にはインドで(モータ調達難から)自動車生産停止という報道があり、その後も米フォード、6月には日本のスズキも同様の理由でスイフトの生産を停止したというニュースがありました。
弊社でも9月生産分まではネオジム磁石の確保ができていますが、10月分からは上記の手順を経て初めて入荷すると事となり、7月現時点でまだ入荷期日のめどが100%立っていません。日本中のモータ・メーカーが同様の状況のようです。
●モータ生産と上記レアアース規制にどのような関係があるのか?
●モータにはレアアースが不可欠? ●レアアースフリー・モータって何?
これを理解するには何段階かの知識の積み重ねが必要です。
同業界の方には今更の話ではありますが、3段階で出来るだけわかりやすく説明します。
①モータの種類
モータを回転させるには(超音波モータなど特殊なものを除き)電磁力の活用が不可欠です。
ただ永久磁石が必ず必要かと言うと、磁石を使わないモータは多いです。工場のポンプや生産ラインで最も一般的に使われる誘導電動機は永久磁石を使用しませんので、日本で生産出荷されているモータの約半分は永久磁石を使わないモータです。弊社で生産している4種のモータのうち2種は永久磁石を使用しないモータです。
今回の規制で影響を受けるのは高性能な磁石を組み込んだPM(IPM、SPM)モータという高効率モータになります。
②磁石の種類
磁石にもさまざまな種類がありモータに使用される磁石には主にアルニコ磁石、フェライト磁石、サマリウムコバルト磁石、ネオジム磁石などがあります。
その中でレアアースを使用しているのはサマリウムコバルト磁石とネオジム磁石で、ネオジム磁石は最も強力な磁力を持ち、高性能(小型で高出力・高効率)が求められる電気自動車用途などに使われ、サマリウムコバルト磁石は高温環境に強く航空宇宙産業などに使用されます。フェライト磁石とアルニコ磁石は上記2種の磁石より安価で、それほどの高性能が要求されない様々な電気製品で使用されます。ですので磁石モータでも今回の規制の影響を全く受けずに問題なく生産できるものは多いです。
③レアアースの種類
レアアースとは鉱物の中でも希少なレアメタルの一種でその日本語訳が「希土類」です。
1794年の発見当時は鉱物の中に少量しか存在していないため見分けにくく、抽出・分離が困難で安定生産が難しいという事でそのように名付けられたようです。

ここからが少々ややこしくなりますが、ご容赦ください。
希土類にはスカンジウム、イットリウム、ランタン、セリウム、プラセオジム、ネオジム、プロメチウム、サマリウム、ユウロピウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、ルテチウムの17種類の元素がありますが、軽希土類・中希土類・重希土類に分類され、高機能材や小型軽量化、省エネ化、環境対策に役立つ素材としてスマートフォン、パソコン、テレビ、自動車、医療機器など、様々な製品に使用されています。
その中でも今回は7種の中・重希土類レアアース関連品目に対する輸出管理が導入されたわけですが、モータ生産に関して特に問題となっている元素が「ジスプロシウム」です。
電気自動車(EV)用モーターなどの磁石に添加され高温時でも磁力を維持するために欠かせません。
ネオジム磁石の名称の元となっているネオジムもレアアースですが、今回の管理対象外です。ネオジムなどの軽希土類の採掘は中国のほか,アメリカ・オーストラリアなどで行われ,希少性に乏しいことから、輸出規制しても効果がないためだと思われます。
一方中重希土類の世界供給は,中国やミャンマーが9 割超を占めミャンマー産もほとんどは中国で加工されることから,中国の寡占性が極めて高く(実質ほぼ100%)、中国の「戦略的資源」となっています。
また今回の規制対象は資源材料だけでなく合金や磁石などの加工製品まで含む事が特徴で
輸出管理品目の詳細(ジスプロシウムのみの例)は次の通りです。
1.原料 2.合金(ジスプロシウム鉄,テルビウム・ジスプロシウム鉄)3.ジスプロシウムを含むネオジム鉄ボロン永久磁石材料 4.酸化物・混合物 5.合物・混合物
3.の永久磁石材料にはジスプロシウム含有ネオジム・鉄・ボロン永久磁石材料を単純加工して成形されたシート、タイル、リング、関連磁性部品などの一次加工品(磁性鋼、磁性リング、磁石など様々な名称が関係する)を含みます。
一方さらに加工成形を行い部材として組み込んだモータなどの電子部品、スピーカー・イヤホンなどの電子製品は管理範囲には含まれません。これも中国メーカーを育成して競争力を高めていく戦略からだと思われます。
●モータ生産と上記レアアース規制にどのような関係があるのか?
●モータにはレアアースが不可欠? ●レアアースフリー・モータって何?
以上纏めますと、この問いの回答としては「モータの半分は磁石を使わず、しかも今回の輸出管理の対象となる磁石も主な4種類のうちの2種類だけですが、今回規制の対象となっているジスプロウムが使われたネオジム磁石やサマリウムコバルト磁石は最も高性能な磁石で、それを使った高効率なモータの生産に支障をきたし、それを使ったEVをはじめとするハイテク製品の生産が止まり、世界経済に多大な影響を与える恐れが出ている。」という事になります。
ですので「レアアースフリー・モータ」と言う場合は、単にレアアースを使わないモータという事ではなく、レアアースもしくは永久磁石を使わずに、PMモータと同等の高性能が出せるモータという事で、またレアアースフリーでなくても「重希土類・ジスプロシウムフリー・モータ」も中国に依存しないという点で大いに意義があるということになります。
[磁石メーカーの取組み]
もちろん日本の磁石メーカーは対応策を進めてきており、重希土類を効果的にネオジム磁石内に配置して少ない量でも高温耐性や強磁力を出せるようにしたり、全く重希土類を使わないネオジム磁石も一部で導入されています。ただ耐熱性、磁力の特性では重希土類を使った磁石にまだまだ及ばず、搭載するモータの形や冷却方法の変更が必要になるなどの課題があります。また価格競争力でも不利な状況です。
日本の希土類金属の輸入量(重量ベース、化合物は含まず)に占める中国比率を見ると、18年は5割程度だったものが、24年には63%にまで上昇しています。また、経済産業省が1月にまとめた資料では重希土類については100%を中国依存と指摘しています。
今や中国製レアアース磁石の世界シェアは8割を超え、1割強にとどまる日本勢との差は大きく開いています。
[モータ・メーカーの取組み]
日本のモータ・メーカーや電機メーカーも「レアアースフリー・モータ」に向けて、さまざまな対応策を取ってきてはいますが、まだ決定打となるものはありません。
明和製作所でも2005年ごろからSRモータの開発を行い、2010-2013年の経産省サポイン基盤技術開発事業で一定の成果を得ましたが、PMモータを置き換えるには至らず、現在では弊社においてもIPMモータが主力になっています。そのあたりは下記のブログでご紹介しています。
2020年12月「モータ開発動向」

また2021-24年の同じく経産省サポイン基盤技術開発事業では、アモルファスという軟磁性体材料を使用したモータコアを適用した高効率モータ開発プロジェクトに参画し、ジスプロジウム・フリー磁石でも問題なく高効率・高出力を維持できる「アモルファス・モータ」の開発をしています。
《2023.06.05 Press Release》
「アモルファスIPMモータ」の量産対応開始」
またアモルファスコアによるSRモータの開発も今後のオプションのひとつとなります。
弊社のアモルファス・モータについては、ちょうど今週7/23-25まで東京ビッグサイトで開催されるテクノフロンティア2025の中のネクストコアテクノロジーズ社のブース( 1-Q03)に出展しておりますので、ぜひお立ち寄りください。

このような状況の中、受注をいただいている現行製品の当面の生産計画への影響は避けられませんが、お客様にご迷惑をおかけしないように各方面に働きかけ、なんとか納期に間に合わせた資材調達ができるよう鋭意努力中であります。
また目の前の対応、上記の中期的解決策だけでなく、近々で他のリスク回避策についても検討取組中です。
① 国内製を含む中国製以外のネオジム磁石の調達とコスト検討
② 輸出管理規制対象外(ジスプロジウムフリー)のネオジム磁石の入手と磁石性能に応じた設計の実施
③ 中国で回転子に加工された部品の輸出可否の確認検討

最後にやや長期的な話になります。
現在レアアースの地中からの調達では中国が圧倒的に有利な状況ですが、実は日本の海域には有望なレアアース資源が眠っています。
東京大学の研究チームは2013年、日本最東端にある南鳥島(東京都)周辺の海底下から、レアアースを高濃度で含む「レアアース泥」を発見、南鳥島の有望海域(2500平方キロメートル)のみでもレアアースの埋蔵量は1600万トン超と世界3位の規模があるとみられ、しかもその含有量の5割程度が中・重希土類であるとの事です。
日本政府はようやくレアアース泥の開発に注力する方針を打ち出し28年度以降を目標にレアアースの生産体制を整えるとしています。
しかし泥などを引き揚げたあとも陸から離れた海域から運ぶ費用がかかり、更に実際にレアアースとして使うには純度を上げる精錬技術も必要で、海底の泥から精錬する技術は地上と違いこれから模索する必要があります。産業に応用するまでの技術的な課題は多く、環境負荷への配慮、生態系に対する影響の調査といった取り組みも求められます。
また深海調査でも中国は着々と取組を進めており、日本の深海調査艇は6500mまでしか潜れずこれからようやく8000mまで潜れる無人ドローン「うらしま8000」を導入して日本の排他的経済水域(EEZ)の98%が探索できるようになり、2026年から本格調査が開始される予定ですが、中国の深海艇「奮闘者」は有人で10,000mまで潜航可能ですので、ここでも水を開けられたままで楽観的見通しは許されません。

以上簡潔にご説明するつもりが長文になってしまいました。
明和製作所は高効率モータを開発するだけでなく、カスタム設計・一貫生産の強みを生かし、技術開発と資材調達、生産・製造技術が一体となって臨機応変に対応し、供給責任を全うできるモータ・メーカーを志しております。
突然の政治的摩擦に巻き込まれ目の前の混乱は避けられませんが、お客様にご迷惑をおかけする事が無きよう、最善を尽くしてまいりますので、よろしくお願い申し上げます。

